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文豪未満

2024.05.11 公開 ツイート

あなたの書店で1万円使わせてください ~双子のライオン堂~ 岩井圭也

皆さんは、人前で詩を読んだことがあるだろうか。

昨年9月、縁があって池袋西口公園で「POETRY BOOK JAM -mini-」というイベントに出演させてもらった。なじみのない人も多いかもしれないが、詩の朗読、いわゆるポエトリーリーディングのイベントである。私は2年前に『生者のポエトリー』(集英社)というポエトリーリーディングをテーマにした小説を刊行していて、その縁があり、声をかけてもらった。

司会はikomaさん、その他の朗読メンバーは宮崎智之さん、phaさん、Daichi Wagoさん。そして司会と朗読の両方を務めたのが、竹田信弥さんだった。

竹田さんは赤坂にある書店・双子のライオン堂の店主として知られる方で、お会いするのはこの日初めて。トップバッターで出演され、イベントの空気を盛り上げてくださった。ちなみに岩井は、トリの大役を仰せつかった。卒倒しそうになりながらもなんとかやり遂げた。

イベントの一幕。

竹田さんとお会いする以前から、双子のライオン堂のことは知っていた。竹田さんと田中佳祐さんの共著である『読書会の教室 本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』(晶文社)を読んでいたからだ。昨年まで小説幻冬で「深海ブッククラブ」という連作短編を連載していたのだが、その小説のテーマが「読書会」であり、読書会というものを知るために読んだのだった。とても面白く、読書会の臨場感が伝わってくる一冊だった。

双子のライオン堂を訪れたいと思いつつ、忙しさを理由に足を運ばないまま、イベントから半年以上が経過したある日。私は「あなたの書店で1万円使わせてください!」の次の舞台について考えていた。

――そういえば、独立系書店には行ったことがないような?

この企画は過去6回お届けしてきたが、個人経営のお店に伺ったことはまだなかった。最初に伺うとしたら、どこだろう。おのずと私の脳内に、双子のライオン堂、の八文字が浮かび上がってきた。さっそく竹田さんに連絡を取ってみたところ、快諾いただけた。しかも「この企画、いつも拝読してます」というありがたい言葉まで。

そういうわけで、第7弾となる今回の舞台は初の独立系書店である。

* * *

 

4月某日、私は港区赤坂に降り立った。

双子のライオン堂は、東京メトロ千代田線赤坂駅から徒歩約五分の場所にある。お店の周辺は閑静な雰囲気で、道すがら、犬の散歩をさせているおじさんや下校中の小学生とすれ違った。

双子のライオン堂 公式ホームページ

独特の形をした扉のおかげで、目指すお店はすぐにわかった。この外観、写真などで見たことがある人も多いのではないだろうか?

看板には「本屋、文学、読書会。」と記されている。

竹田さんの著書『めんどくさい本屋』(本の種出版)によれば、この扉は「無理のない程度に、四六判といわれる本のサイズの比率に近づけて」もらったのだという。ただ普通の扉を本らしくデザインしたのではなく、大きさからこだわっているのだ。

この扉には、いまだに賛否両論あります。正直、入りづらいと。
でも、そういうことを言う人に限って、実際には、お店に入ってきているのです。

いったんお店に入ってから、外観を撮影しようと外に出たところ、小学生の女の子二人組が遊んでいた。なかから人が出てきたことにちょっと驚きつつ、「このお店、本屋さんなんだよ」「本の扉なんだから、本屋さんに決まってる」とあたかも前から知っていたかのように話しているのが面白かった。

靴を脱いでお店に入ると、すでに竹田さんが待っていた。付き添いで来てくれた編集者氏と一緒にご挨拶して、さっそく買い物をはじめることに。買い物中もおしゃべりに付き合ってくださった竹田さん、あらためてありがとうございます。

ルールは「(できるだけ)1万円プラスマイナス千円の範囲内で購入する」という一点のみ。というわけで、自腹(ここ重要)の1万円を準備して、買い物スタート!

最初に気になったのは、扉の裏側。田中佳祐著/石田スイ画『鐘の鳴る夜は真実を隠す』(Gakken)のポスターが貼られていた。石田スイさんの美しいイラストが目を引く。

周りに貼ってあるのは、新刊や他の書店の案内。

聞けば、この本は『読書会の教室』の共著者でもある田中佳祐さんの著書だという。店内では、発売記念ブックフェアも開催されていた。

『ミステリーの人間学』も面白そう。

それにしても、「謎解き×人狼×マーダーミステリー」とは一体なんなのか。ミステリー界のトッピング全部盛りである。読まないわけにはいかないだろう。

ということで、1冊目はあっさり決定。

「LIAR」というミステリー小説シリーズの第1弾とのこと。

双子のライオン堂では、作家らによる「選書」がひとつのキーになっている。選者には辻原登山城むつみといったビッグネームも名を連ねている。一人一人が選んだタイトルを見ているだけでも楽しい。

土足厳禁のため、床に膝をついたりしゃがみこんだりできる。

また店内では、一部だが古書も販売されている。

『文庫本は何冊積んだら倒れるか』気になるなぁ。

お店には、『オードリーのオールナイトニッポン』の放送作家として知られる藤井青銅さんも訪れるという。店内のイベントに出演してもらったこともあるとか。

オードリーや藤井さんのコーナー。
手ぬぐいなどのグッズも販売されている。

とにかく、棚の顔ぶれがよく行く新刊書店とはまったく違う。見慣れないタイトルが山のようにあるため、「これなに?」「面白そう」と立ち止まってばかりで、なかなか奥へ進めない。

ちょっとくぼんだ箇所があるのも楽しい。

いろいろと物色するなかで見つけたのが、東畑開人『ふつうの相談』(金剛出版)。東畑さんの著書は何冊か読んだことがあるが、これは未読である。一見、捉えどころのないタイトルも気になる。

味のある装丁の引力に勝てず、2冊目はこちらに決定。

「ケアする人たち、すべてへ。」

実はこの時点で、開始から10分くらいしか経っていない。気になる本が多すぎて、つい手が伸びてしまう。

このままでは最短で終了してしまう。

言っているそばから、また面白そうな本を発見してしまった。小林亜津子『生命倫理のレッスン 人体改造はどこまで許されるのか?』(筑摩書房)である。

美容整形、ドーピング、スマートドラッグなど、人体を改良するための技術利用は「私の自由」といえるのか?

うーん、気になって仕方ない。厚くはないが、読みごたえがありそうな一冊だ。「答えのない、対話の世界へようこそ」というオビの一文もいい。

ペースが速すぎる気もするが、観念して購入決定。

ちくまQブックスは面白本ぞろい。

お店に入って右方向には、本や出版に関する棚も。

同行した編集者氏は『初めて書籍を作った男』を購入していました。面白そうやな~。

隣の棚には短歌コーナーも。そこで異様に美しい本を発見。山階基『夜を着こなせたなら』(短歌研究者)だ。

猫背すぎる。

失礼ながら著者のお名前も初見だった。しかしこの装丁に一気に心を持っていかれる。CDで言うところの「ジャケ買い」で、購入を即決。(もう、「ジャケ買い」という言葉は二十代以下の人たちには通じないだろうか……)

写真で見るより、実物はずっと綺麗です。

残額が心許ない数字になってきたが、そんなことは気にせず、ずんずん棚を物色していく。本屋で本を選ばずに何をするというのか。

何気ない場所にも工夫が。

お店の奥は、イベントスペース兼倉庫になっている。読書会を開く時は、この奥の空間が会場になるらしい。

居心地よさそう。

双子のライオン堂では、『しししし』という雑誌も刊行している。本屋発の文芸誌という珍しい試みだ。

ここでしか買えない本もたくさん。

竹田さんは『しししし』について、『めんどくさい本屋』で次のように語っている。

『しししし』は、あえて、安易に時勢に乗ることはしないようにしています。
いや、あえてというか、できないのです。時間の流れが止まったぐらいの感じ、湖みたいな感じが理想です。海でも川でもなくて、綺麗で淀んではいないけど、川のように流れがあるわけでも、海みたいにどんと構えているわけでもなくて、程よく水面が揺れている感じが理想です。そんな紙面にするには、どうしたらいいか。

実際に訪れてわかったが、この「湖」という言葉は、まさに双子のライオン堂を象徴している。静かで、透き通って、しかし完全に止まってはいない。そういう空気が店内には漂っている。

ふと棚を見ると、田畑書店の「ポケットアンソロジー」なるものが。これは、好きな短編小説が入ったリフィルを綴じていくことで、自分だけの短編集(アンソロジー)が作れるという仕組み。芥川龍之介や太宰治といった文豪から、太田靖久、吉田篤弘といった現代の作家まで、幅広く作品が揃えられている。

これも欲しいなぁ。

物欲が止まらないなか掘り出したのが、マシュー・ルベリー著/片桐晶訳『読めない人が「読む」世界 読むことの多様性』(原書房)

読めない人が読む、とは?

目次を眺めてみると、難読症(ディスレクシア)や過読症、失読症といった言葉が躍っている。なるほど。一般的な意味で「読めない人」が、どのように文字を「読む」か、ということに焦点を当てた一冊らしい。

職業柄、書くこと、そして読むことについては興味がある。だがこれまで、「読めない人」がどのように「読む」ことと向き合ってきたか、考えたことがなかった。この一冊と出会ったことに運命めいたものを感じる。

というわけで、最後の1冊は本書に決定。

5冊でフィニッシュ。

 

5冊という冊数は過去最少だが、それでも5冊あれば1か月は楽しめる。いや、もしかするとこのなかに一生モノの本があるかもしれない。そう思えば、5冊は決して少なくはない。

しかしまだ会計が済んでいない。合計金額は1万円プラスマイナス千円に収まっているのか。竹田さんに本を渡して、会計をお願いすることに。

よろしくお願いします。(右:店主の竹田さん)

ジャン。10,340円。

ほぼジャスト。

いいんじゃないでしょうか!

毎回そうだが、今回も泣く泣く諦めた本がたくさんあった。藤井青銅『トークの教室』とか西島大介『凹村戦争』とか……遠くないうちに再訪して、企画関係なしに買おうと思う。

双子のライオン堂では、本屋に滞在する時間の豊かさを改めて感じた。買わなくても、ただ見ているだけで心が落ち着く。本屋には、そういう効能がある。竹田さんは著書のなかで「本屋浴」という言葉を生み出しているが、言い得て妙である。

再度『めんどくさい本屋』から引用して、今回のエッセイを締めくくりたい。

本屋は知識の森だなんていう人もいる。もちろん、比喩だ。
ぼくは、森とまでは言わなくても、草木の生い茂る場所に行って深呼吸したくなることがある。海に行って海風に当たりたくなることがある。それと同じで、本屋に行って耳を澄ましたくなる。自然の中にいると癒される感じがするのと同じものを、本屋の中で感じる。
そんな、自分にとって大切な場所を守りたい、ただそれだけ。でも、それがとても難しかったりする。

* * *

最後に。

この企画に協力してくださる書店さんを募集中です。

「うちの店でやってもいいよ!」という書店員の方がいらっしゃれば、岩井圭也のXアカウント(https://twitter.com/keiya_iwai)までDMをください。

関東であれば比較的早いうちに伺えると思いますが、それ以外の地域でもご遠慮なく。

それでは、次回また!

【今回買った本】

・田中佳祐著/石田スイ画『鐘の鳴る夜は真実を隠す』(Gakken)
・東畑開人『ふつうの相談』(金剛出版)
・小林亜津子『生命倫理のレッスン 人体改造はどこまで許されるのか?』(筑摩書房)
・山階基『夜を着こなせたなら』(短歌研究者)
・マシュー・ルベリー著/片桐晶訳『読めない人が「読む」世界 読むことの多様性』(原書房)

関連書籍

岩井圭也『プリズン・ドクター』

奨学金免除のため、しぶしぶ、刑務所の医者になった是永史郎(これなが しろう)。患者たちにはバカにされ、ベテランの助手に毎日怒られ、憂鬱な日々を送る。そんなある日の夜、自殺を予告した受刑者が、変死した。胸をかきむしった痕、覚せい剤の使用歴……これは自殺か、病死か?「朝までに死因を特定せよ!」所長命令を受け、史郎は美人研究員・有島に検査を依頼するが――手に汗握る、青春×医療ミステリ!

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文豪未満

デビューしてから4年経った2022年夏。私は10年勤めた会社を辞めて専業作家になっ(てしまっ)た。妻も子どももいる。死に物狂いで書き続けるしかない。

そんな一作家が、七転八倒の日々の中で(願わくば)成長していくさまをお届けできればと思う。

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岩井圭也 作家

1987年生まれ。大阪府出身。北海道大学大学院農学院修了。2018年「永遠についての証明」で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュ ー。著書に『夏の陰』( KADOKAWA)、『文身』(祥伝社)、『最後の鑑定人』(KADOKAWA)、『付き添う人』(ポプラ社)等がある。

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